「いつでも行ける」は、実は一番行けない。
― 台湾に今行っておきたかった理由と、2025年11月の旅の記録―
1. 台湾に行きたかった理由
台湾や香港は、日本から近く、飛行機も多く、情報も豊富で、「そのうち行けばいい」と思いがちな場所です。私自身もずっとそう思ってきました。「いつでも行ける場所」と、どこかで安心しきっていたのだと思います。
けれど、その“いつでも”は、ある日突然、失われることがある。
香港の情勢が大きく変わり、かつて自由と活気に満ちていた街が、少しずつ様相を変えていく様子をニュースで見るたびに、「あの時、行っておけばよかった」という後悔の声を、あちこちで耳にするようになりました。
その時、ふと頭をよぎったのが台湾の存在でした。
「台湾も、今のうちに行っておかないと、同じ後悔をするかもしれない」
そんな気持ちが、静かに、でも確実に私の中に積もっていきました。
私は日本の近現代史がとても好きで、日清・日露戦争、太平洋戦争、そして戦後史まで、関連する本をこれまで数多く読んできました。その中で、何度も登場する台湾という場所。1895年から1945年まで、日本は台湾を統治していました。学校教育では断片的にしか学ばないけれど、日本と台湾の関係は、私たちが思っている以上に深く、複雑で、そして今にもつながっています。
さらに、ブロガー・ちきりんさんのブログや、Voicyでの台湾に関する発信に触れたことも、大きなきっかけになりました。観光地としての台湾だけでなく、社会や歴史、今の台湾が置かれている立場まで含めた話に、「これは本やネットだけで知った気になるものではなく、自分の目で見に行くべきだ」と、強く思うようになりました。
こうして、「いつでも行ける場所」だった台湾は、「今、行くべき場所」へと変わっていったのです。
2.今回の旅で「絶対にやりたかった3つのこと」
今回の台湾旅行で掲げた目的は、シンプルにこの3つ。
- 日本統治時代の建物をこの目で見ること
- 台湾シャンプーを体験すること
- ローカルフードをたくさん楽しむこと
派手な観光地を制覇するよりも、「ずっとやってみたかったこと」「ずっと見たかったもの」に焦点を当てた旅です。とはいえ、同行するのは中学生と小学生の子どもたち。歴史一色に偏らず、あくまで“家族みんなが楽しめる旅”になるよう意識しました。
3.行きと帰りの飛行機 – 意外と違ったフライト時間
利用した航空会社は チャイナエアライン(China Airlines)。
- 行き:日本 → 台湾(約4時間)
- 帰り:台湾 → 日本(約2時間40分)
同じ距離のはずなのに、帰りはずいぶん短く感じます。偏西風の影響でしょうか。体感的にも「え、もう着くの?」というスピード感でした。


4.台北の夜に到着。タクシーの車窓から見えた、最初の台湾
台北に到着したのは夜。空港からタクシーに乗り、市内へ向かう車窓から見た風景は、日本と似ているようで、違うものでした。
まず目についたのは、原付バイクの多さ。とにかく多い。二人乗りは当たり前で、バイクの大きな流れが、信号のたびに一斉に動き出します。駐輪場もあちこちにあり、台湾の生活においてバイクがいかに重要な存在なのかが一目で分かりました。
台北の中心部は、地面が少し凸凹していて、どこか昭和の日本を思わせる雰囲気があります。ネオンは煌々と輝いているというより、ところどころにぽつりぽつりと灯りがあり、明るさと暗さが混ざり合う独特の夜景でした。
そして夜といえば、ナイトマーケット。屋台の熱気、行き交う人の波、呼び込みの声、食べ物の匂いが、渾然一体となって押し寄せてきます。
その中で、子どもたちはというと……両手でしっかりと鼻を塞いでいました。
そう、あの有名な「臭豆腐」の匂いです。子どもたちにとってはなかなかの衝撃だったようで、「早く通り過ぎよう…」と小声でつぶやいていました。

5.台北の街に溶け込む、日本の風景
翌日、街を歩いてまず驚いたのは、日本の店の多さです。ユニクロ、サイゼリヤ、くら寿司、ミスタードーナツ、そしてまさかのコメダ珈琲店まであります。
実際に私たちも、コメダで朝食をとりました。メニューはほぼ日本と同じ。異国の地にいながら、日本と変わらない朝食を食べていることが、なんとも不思議な感覚でした。
物価は、日本とほぼ同じくらい。観光地価格ということを考えると、むしろ良心的に感じる場面もありました。一方で地下鉄(MRT)はとても安く、路線も分かりやすく、観光客には非常に使いやすい交通機関です。台北市内の移動は、ほぼMRTだけで事足りました。
東京と比べると、街の規模はずっとコンパクト。「1週間もあれば、台北は十分に楽しめるだろうな」と感じました。そして少し意外だったのが、Body Shopの多さ。日本ではあまり見かけなくなったのに、台北では今も元気に営業していて、時代の流れの違いを感じました。


ぺこちゃんがお店番をしていました。

コメダのモーニングメニュー。
タロ芋があるのが、台湾ならでは。
6.日本統治時代の建物を歩く
この旅の最大の目的、日本統治時代の建築めぐり。
● 台湾博物館 鉄道部
台湾博物館・鉄道部は、リノベーションされた館内がとても美しく、写真や模型も多く、子どもたちでも分かりやすい展示でした。日本が台湾の交通網を整備していった歴史、その裏にあった統治の現実。説明を読みながら、便利さと支配の両面を同時に考えさせられます。

日本統治時代からも変遷がしっかり書かれています。


美しい内部のオーバルの天井。美しい!
● 大統領府
大統領府は、赤レンガの重厚な建物で、遠くからでもその存在感が際立っていました。かつての総督府が、今も台湾の政治の中心として使われているという事実に、歴史の連続性を強く感じました。

● 中正紀念堂
中正紀念堂は、とにかくだだっ広い。1時間ごとの衛兵交代式は、誰一人として乱れのない動きで、まるで機械のような精密さでした。子どもたちも、普段の落ち着きのなさを忘れ、真剣な眼差しで見入っていました。


● 二二八和平記念公園
二二八和平記念公園は、重い歴史を背負った場所でありながら、今は子どもたちの笑い声が響く穏やかな公園です。ブランコで遊ぶ子、走り回る子、そのすぐそばにある慰霊碑。この対比が、台湾の「過去と現在の共存」を象徴しているように感じられました。
7.永康街(ヨンカンジエ)でお土産探し
お土産探しと街歩きにぴったりなのが、永康街(ヨンカンジエ)。
雑貨はどれも可愛らしく、カフェもおしゃれ。歩いているだけで楽しい街です。娘が、ガイドブックを見て行きたいと具体的に言ったので、行ってみました。

おしゃれな雑貨屋さんの1つ
中に入るととても良い香りがしました。
お昼は「永康街芋頭大王」で、かき氷を。お隣はワッフル屋さんなのでワッフルとかき氷で甘いランチとしました。
南国らしい甘さとひんやり感で、歩き疲れた体に染み渡りました。


8.台北101は、やっぱり“すごかった”
高さ508メートル、91階建ての台北101。
エレベーターは、なんと世界最速クラス。しかも日立製。
日本の技術がここでも活躍していることに、なんだか誇らしい気持ちになります。
展望台から見た台北の街は、まさに“箱庭”のよう。
陽の光に包まれた無数の建物、人の営み、道路、川――
「この街で、今日も誰かの一日が回っているんだな」と、しみじみ感じました。


9.ローカルフードは…子供とは、ハードル高め
今回「たくさん楽しみたい」と思っていたローカルフードですが、正直に言うと――屋台の料理は、あまり思うようには楽しめませんでした。
台湾風おにぎり、ルーローハン、ハムなどを入れたクレープなどなど。。
食べたいものは沢山♪
匂い、油、香辛料。ややハードルが高く、子どもたちはなおさら。屋台グルメは、ほとんどチャレンジできませんでした。
そんな中、“確実に美味しいもの”として向かったのが、青葉レストラン。
友達の一人がよく行くと言う台湾料理のレストランです。
予約なしで行ったところ、まさかの満席。翌日の予約を、なんとか必死で取りました。
翌日、ついに念願の青葉へ。
- 切り干し大根の卵焼き(ツアイブータン)
- さつまいものお粥
- チャーハン
- 本場の杏仁豆腐
- ビール
……どれも、本当に美味しかった。
「ああ、やっと台湾の“ごはん”にちゃんと出会えたな」と、心から思える食事でした。

他にも台湾といえば、ドリンクスタンド。毎日、お茶やゼリーを美味しく楽しみました。その量は並々と、ぺっケージしてくれてピチピチに入れてくれます。(嬉しい!)お値段も500ml(中くらい)で300円くらいです。

仙草ゼリー(プリンミックス)の飲み物
10.念願の台湾シャンプー
そして、今回ぜひ体験したかった 台湾シャンプー。
昔、オセロがCMで台湾シャンプーをしたのが強烈に覚えていて、それを長年してみたかったのです。
Googleマップでホテル周辺を検索し、日本語の口コミ評価が良いお店を見つけました。
なんと、家族4人で、朝イチ・予約なしで突撃。
「断られるかも…」と少しドキドキしましたが、意外にもあっさり受け入れてくれました。
言葉が完璧に通じなくても、身振り手振りと笑顔でなんとかなるのが、旅の面白さですね。店員さんは、Google翻訳片手に色々と聞いてくれました。
丁寧なマッサージと、すっきりとした洗い上がり。
「これ、日本にもあったら通うのに…」と本気で思いました。

念願叶った私の嬉しそうな笑顔!
11.台湾は、「また来たい」と素直に思える場所だった
今回の台湾旅行は、派手な観光地を次々と巡る旅ではありませんでした。
けれど、
・歴史に触れ
・街の暮らしを眺め
・同じ匂いに顔をしかめ
そんな、ごく普通で、とても大切な時間が、確かにそこにありました。
「いつでも行ける」と思っていた台湾は、「今、行って本当によかった場所」に変わりました。
歴史があり、人の営みがあり、日本との深いつながりも感じられる台湾。
きっとまた、違う季節に、違う視点で、もう一度訪れたい。
そう思わせてくれる、忘れがたい旅になりました。

